気ままなひとり旅〜完結編〜

ライダーハウスの裏庭でひとりキャンプをさせてもらっていた僕。

酔いも回り、そろそろ寝ようかとテントに入ると、どこからともなく、男性のうなり声が聞こえてくる。

 

「うぅぅ〜あぁあ〜・・・」

 

間違いない。聞こえる。

 

これは男性の・・・?唸り声だ。

 

どこからだろう?

 

テントの向かいは川である。

 

僕は、テントの隙間から恐る恐る、川のほうを覗き込んだ。

 

真っ暗闇である。

先ほどのホタルの光も見えない、完全な闇である。

 

リュックに入れていた、LEDライトを照らしてみる。

薄明かりに川の様子がほんのりと浮かぶ。

 

何もいない。

 

人が、こんな時間に、ましてや、この暗闇の中、川にいるわけがない。

 

それでも、声は聞こえてくる。

「あぁ〜うぅ〜・・・どっこいしょぉ・・・」

 

 

どっこいしょ?

その瞬間僕は、悟った。

 

あぁ、これはカッパなんだと。

酔いも手伝い、無意識に、そう思った。

 

カッパが、この川にいる。

 

 

そういえば、今から20年以上前のことだ。

 

僕がまだ、保育園に通っていたころのことだ。

お母さんに自転車の後ろに乗せてもらい、

送り迎えをしてもらっていた、ある夏のことだった。

 

僕は夏の夕暮れ、母の自転車の後ろで、

ウトウトしている時のことだった。

 

いつも通る、川の橋の上を通り過ぎる時のことだった。

 

何気なく、いつも通り、その橋を通るとき、

ウトウトしながら、橋の下を見た。

 

 

そこには、カッパがいたのである。

 

カッパというと、イメージする、頭の上に

お皿があって、体は緑色で、、、

 

そんな感じじゃあ、なかった。

 

いまだに覚えている、

体は茶色く、まるでオオサンショウウオを一回りも二回りも大きくしたような、

長い尻尾があったような気もする。

そんなデカいやつが、浅い浅い川を、

這うようにして、泳いでいた。

 

なぜか、その時、

僕は、その姿に見惚れてしまい、言葉も出ず、

母に告げることもなく、何十年も時が過ぎた。

 

大人になってから、そのことを恥ずかしげに、酔った勢いで言うと、

夢でもみてたんじゃないのと、笑い話で終わったけれど。

 

それから、だいぶ時も経ち、

いまこうして、カッパの存在を感じている。

 

ライトで照らしても、どこにも姿はなく、

ただ、存在だけを少し、感じる。

 

なら、それは、それでいいじゃないか、と。

変に僕は納得し、ほろ酔いのまま、眠りにつこうとした。

 

ポチャン−−-

 

静寂の中、

小石を川に落としたような音が、響く中、

僕は不思議と怖くもなく、

どこか懐かしいような気分のまま、気づけば眠りについていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、

目が覚めると、外は快晴。

 

気持ちよく、目が覚めた。

 

昨日のあれはなんだったんだろう、と思いながら、

テントを抜け出す。

 

「ううぅぅぅう〜〜〜」

 

まだ聞こえる。

カッパの唸り声・・・。

 

明るくなったので、方向もよくわかる。

 

 

 

川の方ではなく、テントの右奥の茂みの方からだ。

 

 

 

「うぅ〜〜〜」

 

 

 

 

おじさんの声、いや、カッパの声がする、茂みの方へ耳を澄ます。

 

 

 

そこには、茶色く、びっくりするくらい大きなカッパ。

 

 

 

ではなく、

 

 

 

ウシガエルがいる。

 

 

 

 

正確にいえば、

 

 

 

 

いた、のであろう。

 

 

 

 

 

 

僕は実際にはその方向を見に行っていないので、

 

あれはウシガエルだったのかもしれないし、

 

 

ほんとうにほんとうにカッパ、だったのかもしれない。

 

 

 

保育園の僕が見た、

あのカッパが、

あそこには、いたのかもしれない。

 

 

 

そんなことを思いながら、

僕の気ままなひとり旅は、幕を閉じた。

 

 

 

気ままなひとり旅〜後編〜

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ライダーハウスに着いた僕はマスターと小一時間談笑し、スーパーへ買い出しへ向かった

 

マスターから聞いた道のりをひたすら走る。

確か、橋を渡った先にある二つ目の信号を左折だ。

10分ほど走ると、一気に市街地っぽくなってきた。

一つ目の信号を越え、橋を渡り、すぐの信号を左折する。

夕方、学校から帰る子供たちや、車も多い。

 

左手に大きなスーパーが見えてきた。

知らない町の、大きなスーパー。なんか少しワクワクする。

駐車場をゆっくりと回り、バイクを停めれそうな場所を探す。

エンジンを切り、ヘルメットをミラーに掛ける。

しばらく離れるので、ダイヤルロックをヘルメットのあごひもに掛けておく。

スノボの板用のやつだが、便利だ。

 

冷房が効いた店内に入る、

とりあえず、ビールとステーキ以外は何も考えていなかった。

海が近いので、魚が美味しかったりするのかなぁと思い、

カツオのたたきを買ってみた。

ステーキ肉、お酒のあて、ビールをカゴに放り込み、

思い出した。

ガレージ風のライダーハウスの中にはウイスキーの空き瓶が大量に並んでいた。

ウイスキー好きなんですか?」と尋ねると、

「好きってわけでもないけど何年かかけて飲んだ瓶を置いてたらこうなったんだよ」とマスターは笑っていた。

 

僕は小さめのウイスキーのボトルと、ジンジャーエールもカゴに放り込んだ。

 

会計を済まし、袋に詰めていく。

保冷バッグに氷を入れ、缶ビールを詰めていく。

キンキンに冷えたビール、これほど美味しいものはない。

 

リュックに詰め込み、バイクに戻る。

エンジンをかけ、先程の道を戻った。

 

ライダーハウスに戻ると、もちろんマスターは留守だが、入り口だけ開けておいてくださっていた。

そのまま、バイクで裏庭まで抜ける。

 

目の前には川、裏庭は木々が手入れされており、綺麗だ。

バイクを停め、荷物を下ろし、テント設営に取りかかる。

 

だんだんと設営に慣れてきた、自分に少し嬉しくなる。

グランドシートの向きも間違えなくなった。

 

ただ、地面に刺すペグが、草と同じ色で、何度も足を引っ掛ける。

これは酔っ払うとテントごと吹っ飛ばしそうだ。

30分後、ようやく設営も終わり、まずは一杯。

 

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カツオのたたきと唐揚げ

 

一番搾りはやはり美味い。

 

川の音、鳥のさえずり、そしてどこか遠くでラジオの音(動物避けだろうか?)が聞こえる。

 

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しかし、梅雨とはいえ、天気もいいので、

虫がすごい。かゆい

とりあえず、蚊取り線香をつけてみた。

 

酔いも手伝ってか、虫も気にならなくなってきた。

 

何本目かのビールを空けたところで、

あたりがそろそろ暗くなってきた。

LEDランタンを点ける。

本当はオイルランタンを持ってきたかったのだが、いかんせん荷物が多いのでコンパクトな物にした。

 

そして、

完全に火が沈みかけたころ、

焚き火をさせてもらうことにした。

薪は、ここにある分なら使っていいよ、と言ってくださった物を使わせてもらう。

 

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雑なフェザースティック

ナイフでフェザースティックを作り、メタルマッチでほぐした麻ひもに着火する。

が、なかなか火が点かない。麻ひもが湿っている?

缶ケースに入れて保管していただけではダメだったのだろうか?

格闘すること、数分。

ライターに浮気しそうになったが、ここまできたからには、と

やっとのことで、麻ひもが燃え出す。すかさず、細い木から火を大きくしていく。

暗闇の中で、小さな火が大きくなっていく。

何本目かの薪を放り込み、くつろいでいるとマスターが帰ってきた。

 

「おぉ、やってるね」

「はい、焚き火でステーキを焼いてみたいなと思いまして」

 

少し火を見ながら談笑し、ホタルがまだこの時期は出るかもよ、と教えてもらう。

 

「じゃあ、楽しんで」とマスターは家の中へ入っていき、

それから、思い出した。

 

あ…ウイスキーのボトルを買ったんだった。

せっかくだし、一杯どうですか?と誘えば良かった。

 

時すでに遅し。

一人でステーキを焼き、ビールをぐびぐび飲んだ。

 

あぁ、美味い。

 

なんだろう、

親戚のおじさん、それも小さな頃から会っていない、

大人になってから、久しぶりに会うような、

そんなおじさんの家に泊めてもらっているような気分だった。

 

ふと川のほうに目をやると、

ホタルが飛んでいた。何年ぶりだろうか、ホタルを見たのは。

たぶん、僕の家の近くにも探せばまだいるはずだろうけど、

こうやって、ぼんやりと見つけることはない。

 

飛んで火にいる夏の虫とはよく言ったもので、

焚き火の方まで飛んできた。

至近距離でまじまじと、光を放つホタルを見た。

すごいな、こんなに小さな虫が、こんなに光を放っている。

ホタルの寿命は約1週間くらいだという。

そうか、人間の大きさに換算して、人間がこれくらい光ってたら、

人間もエネルギー使い過ぎて、寿命1週間くらいになりそうだ。

 

酔いも手伝い、そんなことをしみじみと考えていると、

最後の缶ビールが無くなった。

 

さぁ、そろそろ寝ようかなと寝支度をし、

テントへ入る。

寝袋は持ってきていないが、アルミシートを体に巻けば十分暖かい。

 

ランタンの灯りを小さくし、横になる。

 

 

 

 

 

 

 

どれくらいの時間が経っただろうか、

 

テントの外、川のほうか?

それとも、茂みのほうからだろうか?

 

 

男性のうなるような声が聞こえてきた。

 

 

 

「ウゥゥ〜…うあぁ…」

 

 

 

 

まさかな…。

 

 

 

 

「うぅ…」

 

 

 

いや、間違いない。

聞こえる。

 

 

まだ遠くでラジオの音は聞こえるが、

ラジオのそれではない。

 

 

 

うそやろ。

 

 

マジかよ。

 

 

 

(つづく)

 

 

 

 

気ままなひとり旅〜前編〜

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先日、バイクで一人旅をしてきた。

当日の朝に思い立ち、ライダーハウスへ電話を掛けて、

急遽、宿泊予約をさせてもらった。

裏庭で一泊500円でキャンプさせていただけるらしい。

 

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バイクへの積載がまだ上手く出来ないので(汗だくで1時間くらい格闘した)、リュックを背負うことにし、必要最低限の荷物だけ持っていくことにした。

左上から時計回りに、

寝袋、グランドシート、テント、LEDランタン、テーブル、ナイフ、火起こしセット、焚き火台、クッカー類、手袋、アルミシート、ロープ、チェア、コット。

 

これらをリュックに詰めていく。

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寝袋とコットが入らない

どう頑張っても寝袋とコットが入らないので、

コットはカラビナで外付け、寝袋は置いていくことにした。

最悪、アルミシートを体に巻いて寝ればいい。

 

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背負った体感15kg 笑

重い、めちゃくちゃ重い 笑

さらに外付けでコットも付けて背負うことになるので、

バイクに乗っている間はマシだが、背負って歩くのはかなり困難だ。

 

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いい感じの田舎道でパシャリ

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途中、何度も休憩する

 

 

PAでの休憩も、リュックを背負って歩くのはしんどいので、

バイクの近くで休憩する。

 

 

出発から約2時間。

あと10分ほどで着くかなという時、

ダムの看板が見えて、フラッと立ち寄ってみた。

 

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そこには素晴らしい景色があった

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しばらく、ボーッとしていると、

バイクの排気音が聞こえてきた。

そちらに目をやると、小型のバイクが降りてきた。

お互い、会釈を交わす。

 

モンキー125から降りたライダーはヘルメットを取り、

近寄ってくる。70歳前後のおじいさんだろうか。

挨拶を交わし、談笑する。

 

おじいさんは、

地元だがこのダムへは初めて来たこと、

モンキー乗りの会でツーリングを楽しんでいること、

昔はジムニーで山を駆け回っていたこと、

モンキーのエンジンをボアアップして高速を走りたいこと、

息子さんもアウトドア好きで、毎週どこかへ遊びに行っていることなどを

楽しそうに話してくれた。

 

僕も、ここまで来た経緯や、

これからキャンプをすること、

自分のバイクについて聞かれたので話した。

 

小一時間過ぎ、

そろそろ向かいます、と挨拶し、ライダーハウスへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

峠道を下り、のどかな風景の道路をしばらく走ると、

ライダーハウスが見えてきた。

ここだ。端に寄せ、エンジンを切る。

 

エンジン音に気が付いたのか、マスターが中から出迎えてくれた。

とても気さくなマスターで、1時間ほどそのまま談笑していた。

 

マスターはバイクを3台持っていて、

BMW、XR250、カブに良く似たヤマハの原付、

どれもすごく愛着がありそうだった。

 

僕のAKITA250を見たマスターは、

ホンダのクラブマンに似ている。と昔のバイクカタログを持ってきて、見せてくれた。

AKITA250をすごく気に入ってくれたマスターは中古のクラブマンを買って、

こんな風にカスタムしてみようかな、と言っていた。

 

しばらくして、マスターはこれから用事で少し出かけるという。

裏庭に案内してもらい、説明を受ける。

 

 

昼下がり、そう言えば昼ごはんも食べていないので、

お腹が空いてきた。それにビールも飲みたい。

 

荷物を置かせてもらい、

近くのスーパーの場所を聞き、買い出しへ向かった。

 

 

 

(後編へつづく) 

 

 

 

 

 

親と子のキャンプガイド

 正直、僕は父とあまり仲が良くない。

昔から二人きりになると、緊張に似たような、なんとも言えない気分を感じる。

それでも、小学生〜中学生頃に車でどこかに連れて行ってもらった思い出は、

(といっても思い出に残っているのは隣町の古本屋とか、なのだが)

僕が録音したカセットテープを車で流してもらい、Red Hot Chili PeppersのCalifornicationを聴きながら夕焼けに染まる隣町の幹線道路を助手席に乗っている、

そんな光景だ。

僕が学校を卒業して、自立してからも、父は自由にさせてくれた。

これは本当に感謝している。

そんな父と、わだかまりができたのはいつからだろう。

 

僕は、今では父を明らかに避けている。

日勤、夜勤、明け、休みというサイクルのシフトの父とは、

晩御飯の時間がかぶらないようにわざと時間を潰してから帰ったりするし、

会話もあいさつと、必要最低限な内容しかしなくなった。

 

いつからか、僕はキャンプにハマるようになり、

それには父は大賛成だったようだが・・・。

 

先日、僕の部屋へと続く階段に、父が昔読んでいたキャンプ本が数冊置かれていた。

母が言う。

「お父さんが、あんたに、読んだら?って」

 

僕は夕食後、部屋に戻り、ページを開いてみた。

そこには、親と子がキャンプにいく時の注意事項、キャンプの基本、子供へのキャンプでの接し方、、いろいろなことが書かれていた。

この本が出た頃は、僕が小学生低学年で、物心がついたところだろうか。

父は、熱心に至る所にマーカーを引いていた。

僕に、キャンプを通じて教えたかったことがあるのだろう。

残念ながら、家族でキャンプに行った記憶はあまり覚えていない。

でも、数十年前、父が僕のことを思って、

僕のために引いた赤マーカーは、数十年後、

それをふとした時に開いた僕に、深く深く、

刺さったのである。

 

この人は、僕のことを考えてくれていたのだ。

そして、それは今もそうなのだろう。

 

 

 

彼のオートバイ、彼女の島

バイク小説が読みたい!と思い立ち、検索すればこの作品にたどり着いた。

初版は1980年に発行され、現在は中古価格も高揚している。

 お手頃な価格の電子書籍があったので、購入して読んでみた。

 

夏と、島と、オートバイ。
退屈を知らない日々のためには、
まずその3つが必要だ。

一度目は高原の道で。二度目は共同浴場で。
偶然の出会いが2度あった「彼女」は、
もう無関係な他人ではない。
仕事や悩みが毎日の多くの時間を占めてしまったとしても
ひとたびオートバイに乗り、歓びを分かち合う人が隣にいて
風が、道が、光が、山々が、自分と一体になってしまえば
もはやそこに退屈の入り込む隙間はない。
夏という時間、島の時間を生きる彼ら彼女らは
限りなく自由だ。

 

と、このような紹介文が書かれている。

著者の作品は読むのは初めてだったのだが(むしろあまり小説を読んだことがない)

読みやすく、あっという間に読み終えてしまった。

この本が発売されたころ、僕は生まれておらず、時代背景も知らない。

まして、主人公たちは今の僕よりもずっと年下である。

もちろん、携帯電話もなく、手紙もしくは電話でやりとり。

主人公は急ぎの原稿をバイクで出版社や官公庁へ配達する仕事をしている。

今ならメール、FAXで済む仕事だろうか。

 

なのに関わらず、どこか懐かしく、切なく、

過ごしたはずもない、古き良き時代(この例えがあっているのだろうか)

を思い起こさせた。

 

主人公たちがバイクで走っている、

すごく爽快感を感じる描写だ。

でも、それ以上に、

儚さ、まるで蛍の光のように

永遠に続くことはないモノを

見ているような気がした。

 

ノスタルジー、切なさ、儚さといった言葉で僕が連想するものは、

 

「秋の夜、風呂上がりでベッドに潜り込み、頭がまだ完全に乾いていないままに虫の鳴き声を聴きながらウトウト眠りに落ちる」

 

こんな状況だ。

 

意味がわからないと思うが、

この状況に僕は懐かしく、切なさをすごく感じる。

 

うまく言えないが、この本もそんな感じだった。

 

人も車も途絶えた交差点の赤信号でとめられていたとき、このオートバイのアイドリングを聞いていて、僕は泣き出したのだ。

(中略)

心から愛している直立2気筒の、エンジンがいま生きて動いている。

またがって赤信号を見つめているぼくも、生きている。

ふたつの心臓が、鼓動している。

その鼓動が、みごとに、つながった。

 

 

 

山でカップ麺

梅雨の間の快晴であった。

バックパックに必要最低限の荷物だけを詰め込み(といってもパンパンになるのだが)、先日購入したMuttMotorSyclesのAKITA250に乗り、山へ向かった。

道中、コンビニでカップ麺とインスタントコーヒー、1Lの水を買う。

とある山の上。

ここが今日の野営地だ。目的は焚き火でお湯を沸かし、カップ麺とコーヒーを飲む。

ただ、それだけである。

凸凹道をバイクに揺られながら登っていく。

先日、車で来た時よりも道が悪くなっている気がする。

しばらく走ると、開けた場所に出る。

ここにしよう。バイクを停め、エンジンを切る。

鳥のさえずり、滝の音しか聞こえない静かな場所である。


まずは薪の調達だ。

茂みに入り、乾いていそうな小枝、折れた木を集める。

これが中々の重労働だった。

他に手頃な木はないかと、川の向こうから木を担いで持ってくる。

もちろん橋はかかっておらず、石の上をバランスを取りながら進む。

慣れておらず要領が悪いので、汗が止まらない。

ようやく集め終えた木を、石で作った焚き火台の中に入れる。

これだけで玄人感が出てる気がして、満足してしまった。

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今回はスギの葉と小枝、そして細かくした麻ひもに着火することにした。
ここまできて、ライターで着火は味気ないと思い、今日はメタルマッチを使うことにした。
マグネシウムの棒をカリカリと擦り、麻ひもに粉を落とす。そこから勢いよく擦り、火花を散らす。
麻ひもに一発で火が着いた。うれしい。燃える麻ひもをスギの葉の中に潜り込ませると、順調に燃えていく。小枝から徐々に木を大きくし、火にくべていく。この瞬間がたまらない。
火を見ながらタバコを吸っていると、本来の目的を思い出した。

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そうだ、焚き火がある間にお湯を沸かさないといけない。クッカーに水を入れ、火にくべる。ゴトクがないので安定しない。木や石を使い、倒れないように固定する。

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火吹き棒でひたすら吹き、火力を調整し、ようやくお湯が沸いた。地面が平らではなく、今回はテーブルを持って来なかったので、カップ麺の粉末を少しこぼしてしまった。もったいない。
3分待ち、カップ麺を食べる。美味い。焚き火で作ったカップ麺は最高だった。
残りのお湯が冷めないうちにコーヒーを入れる。これまた、美味い。ただのインスタントコーヒーなのに。

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ここでようやく、椅子を使おうとする。今までしゃがみこんで食べていたのだ。
何故なら、ヘリノックスのチェア、買ったばかりでまだ袋から出してさえいない。
設営に時間がかかりそう、と後回しにしていた。
ところが、なんといえばいいか、袋から出すと、パキッ、パキッ、カチャと自動で組み上がるくらいにスムーズに組み立てられた。
これなら、最初から座ってゆっくりできたなあ、なんて思いつつ、椅子に腰かける。

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自然の音と焚き火の音だけの空間。

気づけばうとうとしていた。
眠っているのか、起きているのか分からない、なんともいえない時間が過ぎた。
焚き火が完全に灰になっているのを確認し、水をかけ完全に消化する。
手で温度を確かめながら、自然の状態へと戻していく。
ゆっくりと道具を片付けて、バイクにまたがり山を下る。

 

だんだんと人里へと近づいていく。
このままふらっとどこかへ走ってみようと思った。
すれ違うライダーへ手を振り、挨拶を交わす。
しばらくあてもなく峠を走る。
標識を見ると、近くに天文台があるようだった。
山道を登っていく。まだ慣らし運転中なので、できるだけエンジンに負担をかけないように、ゆっくり、ゆっくりと走る。
10分ほど走ると、頂上に着いた。
素晴らしい景色が、そこにはあった。

 

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家に帰れば、スイッチひとつでお湯が沸き、電気が付き、温かい風呂に入れ、暖かい布団で眠れる。
だけど、今日僕は半日かけて、カップ麺を食べた。

これを僕は時間の無駄だとは思わない。
本当に心から、最高の経験だった。